片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

鬱を抱える現代人は全員ドルオタになればいいと思う

 現代日本はストレス社会である。生きていれば基本的に辛いことしかないし、たまにいいことがあったとしてもそれを上回るだけの辛いことがあったりする。
 ならば、と”いいこと”を探す努力をしているうちはまだいいが、辛さに潰され、それすらもできなくなってしまう人というのもままいいる。
 三万人。そうやって追い込まれるうちに自ら命を絶った日本人の数である。累計ではなく年間でだ。これだけの数のものたちが”いいこと”を探す気力を失い、辛さと絶望の果てに亡くなっていったのかと思うといたたまれない気持ちになってしまう。


 そういう奴は全員アイドルオタクになればいいと思う。


 いや、冗談でなく。マジで。
 もし仮に読者諸兄が生きることに対して疲れ果てていたとして、そんな時にひょんなことから一つのアイドルグループを好きになったとしよう。アイドルといえばライブだ。どのアイドルもとは言わないが、大体のグループは一、二ヶ月後先くらいまでのライブの予定を明示しているものである。
 より前方の、いいチケットを取る為にはチケットが発売されたその瞬間、一月前くらいにはチケットを確保しなければならないのである。「e+」、あるいは「ぴあ」でチケット争奪戦を勝ち抜き、支払いを済ませて……、するとどうだろう。あれだけ死にたいとか思っていたのに、これで一月は死ぬことができなくなっただろう。所謂あの電柱までは走ろう作戦である。電柱に辿り着いたならまた次の電柱を目指して走ればいいのである。
 アイドルの恩恵はまだある。2つ目はライブという空間そのものである。アイドルのライブというのは他ジャンルのアーティスト等とは違い、曲に合わせてのコール、また身振り手振りが多いのが特徴である。
 これが鬱に効くのである。コールで声を思い切り出し、ダンスに合わせて手振りすることで体を思い切り動かす。この二つの行為はストレス解消に大いに役立つ。普段黙々とデスクワークしかしない現代人にとってこの二つの動きはとても重要なのかもしれない。ごめん。専門分野でないから医学的にみてどうこうとかは正直分からない。
 3つ目が一番重要である。皆さんお気づきかと思うが、ここまでなら正直アイドルに限らず好きなアーティストのライブに行くだけで事足りる。コールとか手振りみたいなのは大体どこもやってるし。てかドルオタとかキモ。とか思っていることだろう。
 僕が鬱に対してアイドルが一番いいと思う由縁は所謂特典会、すなわち直接接触できる機会があるからである。ライブが終わった後、大体千円くらい払えば、約二、三十秒くらいだろうか。あのステージでキラキラと輝いていたアイドル達と直接話す機会を設けることができる。アイドル個人のポテンシャル、あるいはそのグループの規模にもよるが、中堅クラスくらいのアイドルの特典会だと、数回通うことで顔と名前を覚えられたりする。そんで「あ、この前も来てくれた○○さんだ〜ありがと〜大好き〜♪」なんて言われちゃった日には嬉しくてデュフフとか言いながら舞い上がっちゃったりするのだ。


 気持ち悪い、と読者は思っただろう。僕もそう思う。でも、それで生きているならば、とも思う。


 人が死にたくなっちゃう理由は、つまるところ「愛」が足りないせいではないのか、と僕は考えている。逆に言えばどれだけ逆境に立たされても、どれだけ絶望の淵に立たされても、そのちっぽけな感情一つあれば意外と生きていけたりするもんなのだ。それは例えその感情が嘘や虚構でも、である。
 現代社会はストレス社会であると同時に孤独社会でもある。見えない沢山の「誰か」の手によって成り立っている普段の生活において、人と繋がり、「愛」を感じることのできる機会は極端に減ってしまった。アイドルは、そんな現代社会において、CDと一緒に「愛」という感情を売る一つのビジネスモデルなのである。そこまで見通していたのかは分からないが考えた秋元康はやっぱり天才なんだなぁなどと思いつつ筆を置かせてもらう。


 ちなみにこの記事におけるNGワードは「恋人」「友人」「家族」である。