片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

大森靖子「クソカワPARTYツアー」仙台公演に行ってきた

「音楽で人を救うことはできません。この前自殺配信をした中学生は私のファンでした。私の音楽は祈りです」


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 平成最後の夏、ロッキンジャパンに登場した大森靖子のこのMCは様々な波紋をよんだ。
 音楽で人を救うことはできない。僕も同意見だ。確かに自分が苦しいと思うとき、辛いと思うとき、音楽はその傷ついた心に寄り添い、癒やしてくれる。
 でも、それが限界だ。その癒やした心でもって自分がどう行動を起こすか、何をするか、それらは全て自分にかかっている。
 人の一生において重要なのはその行動のみであり、誰からも、例え自分の心に寄り添ってくれたアーティストでさえも、その人の行動を左右させることはできない。
 故に、彼女は祈る。子供にも、大人にも、イケメンにも、ブサイクにも、おっさんにも、おばさんにも、オタクにも、リア充にも、喪女にも、童貞にも。
 自分らしくあってほしいと。可愛くあってほしいと。幸せであってほしいと。
 


 僕はかねてから彼女の楽曲はCDを買ったりyoutubeで聞いていたりしている。他にもブログ、Twitterアカウント等もチェックしているし、地上波に出演しようものならその三時間前からテレビの前で全裸待機する程彼女のファンである。最後のは嘘である。
 が、しかし。彼女を生で見るのはなんだかんだで本日行われる「クソカワPARTYツアー仙台公演」が初めてだ。
 そんなのでファンを名乗っていいのかと大森靖子おまいつ諸氏からツッコミの諸手があがること請け合いだろうし、冒頭の時点で既にコメント欄には批判中傷罵詈雑言の嵐かも分からない。
 だがしかし。誰が何と言おうと僕は彼女のファンである。故に山形から遠路はるばる車で一時間かけてここ仙台までやってきたわけである。近い。
 
 現在時刻は18:00。僕は今会場の仙台dawin前にいる。僕の整理番号から察するに観客数は300前後といったところか。

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 入場するとステージには赤と青の照明。中央には鎌と、今回のアルバム「クソカワPARTY」のジャケットを彷彿させるセットである。

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 ちなみに下のモコモコした白いやつはマスコットのナナちゃんである。かわいい。


 19:00。SEに合わせて登場した大森靖子。前髪を上げた髪型に「クソカワPARTY」のジャケットと同じく黒い死神を彷彿させる衣装である。
 会場は大歓声。それに応えるように手を振る大森靖子
 そして一曲目に……。と、実はこのクソカワPARTYツアー、なんとセトリのネタバレ禁止なのである。故にこの今回の記事、ライブレポートでありながらライブをレポートできないという事態に陥っているのである。
 じゃあツアー終わるまで投稿待っとけよというご意見はごもっともである。しかしライブが終わったその日その夜にレポートを投稿し、ライブに行きたかった人、行けなかった人になるたけリアルタイムな一体感を届けるのが本ブログの流儀である。
 というわけでセトリの具体的な曲名等は伏せておおまかにライブを振り返る。
 セトリはやはり「クソカワPARTY」中心で組まれていた。しかしその合間合間に往年の名曲が組まれており、素人にも玄人にも大満足のセトリであった。
 個人的に三曲目のあの曲が聞けたのがよかったなぁ。
 MCは大体三、四曲に一回くらい。時間こそ短いのだが大森靖子の舌が回る回る。マシンガントークを繰り広げるのだが、しかしその一つ一つの言の葉にしっかりと力みたいなものが感じられた。まさにマシンガン。
 その勢いに任せてうっかり、というか故意に、まだ出していない情報も出してしまう場面もあった。スタッフからガチのバツが出され、
「今のツイートしないで下さいねーー!」
 とあたふたする彼女に場内大爆笑。


 六曲目終わりのMCではナナちゃんが登場。……って喋った!?一瞬大森靖子が腹話術でやっているのかと思ったがドラムのピエール中野が喋っているようである。声がオーケンのボースカっぽい。
 そして先程入場の時にもいた「ゆるナナちゃん」がステージに登場。で、ナナちゃんと一緒に七曲目に……。って言えないんだった。

 
 
 「クソカワPARTY」リード曲「死神」はかなり終盤の方でやった(流石にこれくらい言っていいよね)。弾き語りのライブバージョンは聞いたことがあったが、バンドサウンドでも圧巻であった。
「川は海へ溢れる 人は死へと流れる もうやり尽くしたかって西日が責めてくる」
 震えて、それでも力強い歌声で叫ぶ「死神」のサビが僕はとても好きだ。
 川の水が一方向に向かって流れていくその様子を、真っ直ぐ死に向かって生きる僕たち人間に当てはめる。
 川の水が海へ流れるのを拒むことができないように、我々もまた、死から逃れることはできない。
 僕は幸いにも、親類友人その他知り合いに鬼籍に入ったものはない。しかしあのサビを聞いた時、今まで亡くなった著名人やニュースで又聞きしただけの死亡者、美しく死んでいった何かの物語の登場人物。そんな者達のイメージがぶわーっと頭を巡った。
 そしてそんなイメージの先に、自分が死ぬイメージが浮かんだ。何もなければあと五十年以上は続くこの生、その間に僕には一体何ができるのだろうか。
 ステージから漏れる眩い照明を浴びながら僕はそんなことを思った。


 アンコールでは二曲ほど歌った。二曲目の後、今日演奏を担当したメンバーを紹介。そして改めて今日来てくれた観客に感謝を述べた。
「今日来ることを選んでくれてありがとう」
 
 で、終わりと思ったのだが、というかもう出口に向かって数歩歩きだしてしまっていたのだが、その後にもう一度大森靖子登場。カラオケで一曲歌い、本当の本当に本日のライブは終わった。


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まとめ


 圧巻のステージ。大森靖子の歌唱技術は本当に凄い。
 常々思うのだが、音楽を聞くものの中に「好きなアーティストはいて、CDも何枚か持っている。でもライブは行ったことない」という人がいる。割れ厨は論外。
 断言させてもらうが、イヤホン、或いはスピーカーから聞く音楽と、ライブハウスで生で聞く音楽は全くの別物である。ライブ音源のCDならいいのか、とかそういう問題ではない。
 アーティストと直接対面して、直に言葉を受け取り、そしてそれを多くの人と共有する。そのことに意味があるのだ。
 もし大森靖子ファンの読者の中で、いや、何のファンであれ、上記に当て嵌まる者がいるのなら、悪いことは言わない。すぐにライブへ行くべきである。西日に後悔を覚える前に。