片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

しりとりえっせいそのなな 海

 どこまでも広がる青空と遠く見える水平線。白くまっさらな砂浜に咲き誇る色とりどりのビーチパラソル。人々の賑やかな声。浮輪を腰にはめてはしゃぐ兄。ちょっと無理があるんじゃないかとツッコまざるを得ない母の水着姿。車の揺れでシェイクされた胃の中のものをぶちまける僕とそれを介抱する父。
 小学校低学年か幼稚園の年長の頃、家族全員で海に行ったときの僕の記憶である。そしてこれが僕の中にある唯一の海の記憶である。正直気持ち悪さと胃液の酸っぱい匂いくらいしか頭に残っていない。
 夏といえば海、海といえば夏。暑くなったらオレオレオレ、嗚呼真夏のじゃんばりぃ。と湘南に風を浴びに行きたがるのが日本人の習性である。今までの人生で海に行ったのはあの一度きり、という僕はやはり少数派なのだろうか。
 そもそも海というものには僕のようなオタクにアングラサブカル風情が併せ持つ陰のイメージとは対極の陽のイメージがつきまとうものである。
 照りつける日差しはブルーライトに冒された我が眼球に鋭く突き刺さり、水に浸かろうものならば運動不足の我が四肢はもたつき終いには海の底。日陰を好む者たちにとって海という場所はどうしようもなく楽しめる場所にはならないのである。
 そもそも海に行くという行為自体、一人で行うものでもないので、ハイパーボッチたる僕としてはまず前提条件を満たすことができない。
 一人で海に行く、といえばなんとなく、崖の上から飛沫立つ波間に向かって「バカヤロー!!!」と叫ぶシチュエーションが思い浮かぶが、そんなことをするやつの心境が全く分からない。しかし他に一人でできることなどあるのだろうか。
 いや待て、海の恒例行事とも言えるスイカ割り、これはできないことはないのではないだろうか。まず砂浜にシートを敷いてスイカをでんと置く。目隠ししようものなら延々スイカは割れないので裸眼で、棒切れでもってスイカを叩く。ばちん。
 小気味のいい音を立てて顔をみせた赤い身をしゃりしゃりと一人で貪る。
 腹もふくれたところでお次はビーチバレーである。もちろんサーブしたところでリターンは返ってこない。故に一人でトスアンドレシーブの練習に勤しむ。ああ懐かしいなぁ。高校の体育の授業でバレーやったとき延々これやって極めてたなぁ。アタックしたらボールどっかに飛んでっちゃうのよね。
 体を動かして汗もかいたところで、ここいらでちょっとひと泳ぎ。チャパチャパ。人の間を抜けながら進んでいくと、波にさらわれてざぶーんと砂浜に押し戻される。チャパチャパ。ざぶーん。チャパチャパ。ざぶーん。チャパチャパ。ざぶーん。
 数回繰り返したところで陸にあがった僕は、砂浜から切り立った崖の方へと歩みを進める。辺りは既に陽が傾き茜色。目に染みる西日を遠くに捉えつつ、飛沫立つ波間に向かって僕は、
「バカヤロー!!!」
 と叫んだのだった。