片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

人は一週間で弾き語りをマスターできるのか?

 

 平成最後の夏も残り僅かとなった今日この頃。というかこの記事があがっている頃には残り数時間で八月が終わるという時分だろう。場合によっては過ぎているかもしれない。

 さて、読者諸兄はこの平成最後の夏、何をして過ごしただろうか。思い切りアウトドアに勤しんで、焼け焦げた黒肌をポリポリと掻き毟りながらこの記事を読んだりしているのだろうか。

 僕はというとだ、ずばり何もしていない。いや、何もできなかったというのが正しいか。確かに色々とやりたいことはあったはずなのだ。しかし、時間のなさや体調の悪さを理由にだらだらしている内に、陽の照る時間は刻々と短くなっていってしまった。ちなみにこの記事を書いているのは八月の二十四日。Xデーまであと一週間である。一週間。一体何ができるというのか。

 先程色々やりたいことはあった、と書いたがそのやりたいこと、というかこの夏自分が密かに定めていた目標は「女の子にモテたい」であった。我ながら身も蓋も格好良さもへったくれもない、しょーもない目標である。更にしょーもないのはそんな目標を立てておきながら何もしなかった自分である。先程書いた通り僕は今夏、びっくりするくらいの時間をクーラーの効いた自室かファミレスでだらだらと過ごした。こんなので「モテ」の道を極めることなど到底不可能である。悟れよ我。

 だがしかし、今ここに起死回生一発逆転満塁ホームランを打つことのできるアイテムがある。


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 アコースティックギター。略してアコギ。我が家の向かいに位置するリサイクルショップにて¥5000で購入したものである。一体どこの誰がリサイクルショップに売ったかは知らないがどうせ安く買い叩かれたのだろう。リサイクルショップというのはなんともアコギな商売である。

 さて、ギターを買ったはいいものの、僕はギターに触れること自体初めてだし、残念なことに僕の音楽的教養は通信簿換算で3といったところである。すなわち、普通。人より多くライブやコンサートに行っている節はあれど、見るのとやるのとでは大きな違いである。

 それに加えて今は時間がない。たった一週間でこのゼロ(3?)の状態から一体何ができるというのか。いや、つべこべ言っている暇はない。平成最後の夏の一週間、やれるところまでやってやろうではないか。

 


 と、書いたのが今から一週間前のことである。現在八月三十一日の午前九時。この一週間、アコギを弾いて弾いて弾きまくった。今回の最終的な目標はひとまず弾き語りで一曲をマスターすることであったのだが、この一週間でなんとか朧気ながら曲の輪郭を掴むくらいのことはできたと思う。その様子を事細かに書いて、引いてはこの記事をアコギ初心者の指南記事にしてもいいのだが、いかんせん時間がないので、早速だがその成果を発表したいと思う。

 曲は「THE BLUE HEARTS」の「リンダリンダ」だ。


 


 さっき曲の輪郭を掴めたと書いたな。


 あれは嘘だ。


 難しい。とにかく難しい。

 まんず左の手で弦ば押さえなきゃならんだでども、こんれがまー、痛いのなんのって。それば我慢して押さえとったら、小指から血が出とるんよ。あたしゃ気付かねーで一弦に小指ば持ってったらあーた、傷口に弦がめりこんでるでねーの。あたしゃびっくりしただよ。もう血がピューピューピューピュー。

 とよく分からない訛りでグチらねばならない位難しかった。どんな例えだよ。

 まあ結果としてはネタに走るという惨憺たる結果に終わってしまった訳だが、僕自身としては非常に清々しい心持ちである。何か一つの目標を持って、まさに血の滲むほどの努力をし、そして結果を得る。大人になっていつしか忘れてしまったプロセスを、僕はこの平成最後の夏に思い出せたのだ。それはきっと女の子にモテるとかいうことよりも、ずっと尊いものであるに違いない。

 少し言い訳じみて聞こえるかもしれないが、僕は本当にそう思う。最初からモテたい云々の下りなど必要なかったのだ。そう、別にモテたいという気概などなくていいものなのである。なくてもいいものではあるけれど、ギターはこれからも続ける。

 別にモテたい訳じゃないけれど。

 別にモテたい訳じゃないけれど。