片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

しりとりえっせいそのご すまし顔

 よく「顔が死んでいる」と言われる。家族、友人、同僚、憎まれ口を叩けるくらい親しくなれば二言目にはこれである。切れ長の目に蒼白の肌、削げ落ちた頬に動かない表情筋。言われてみれば、というか言われずとも僕の顔は見れば見るほど残念な、最早残忍な顔をしている。
 性格の良し悪しは自分が歩んだ人生に左右されるが、顔の造形の良し悪しに関しては自分の親を憎む他ない。なんて言葉をどこかで聞いたことがある気がするのだが、この言葉は間違っている。性格というのは顔に出るものである。
 例えば28歳東大卒のエリート商社マン、妻と二人の子供を持ち人生順風満帆、という人間はそういう顔をしているし、対して35歳独身、高卒、工場勤めで両親と同居、という人間はやはりそういう顔をしているのである。
 恐らく前者と後者、読者の頭に浮かんだ顔は似たり寄ったりのものになったはずである。顔というのはその人が今までどういう生き方をしてきたか、どういう価値観を持って生きているのか、端的に表わしているのだ。
 ではここで改めて筆者の顔を見てみよう。
 
 ブス。


 驚くほどブス。


 どうしてこうなったのか。僕が思うに、この今まで生きてきた人生によって顔が形成される、という説における人生とは、大体十代くらいまでの人生であり、それによって顔の基盤が形成されるということなのではないかと思う。勿論その後の人生においても顔の良し悪しは変わってくるのかも分からないが、青春時代に築き上げた土台がそう易々と崩れることはないだろう。
 僕のこの残忍な顔は、今は過ぎ去った青春時代の経験によって形成されたものである。既にどこかで書いたが、僕が通っていた片田舎の工業高校は、それはそれは酷くガラの悪い校風で知られた場所で、僕はそこで三年間、なるたけ周りに流されないように生きてきた。そしてその結果、ほとんど誰とも口をきかずに卒業してしまったのである。人生のエアーポケットとでも呼ぶべきあの三年間、木造の校舎の隅で、僕はいつだってすまし顔であった。
 表情を変える、すなわち感情を表に出すということは相手に手の内を晒すことに他ならない。自分以外のクラスメートを、極端な表現ではあるが敵だと思っていた僕にとって、すまし顔は高校生活を生き抜く術だったのである。
 あの三年間で自分を守ることができた代償がこの顔であるというなら、それもまあ悪くはないのではないか、とも思う。