片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

しりとりエッセイそのに クスリ

 名称としてのクスリという言葉には、大まかに分けると二つの意味がある。曰く、健康を促進する意味でのクスリと、健康を害する意味でのクスリである。前者のクスリとは恐らく誰もが予想できる薬だ。風邪をひけば医師から処方され、なんかちょっと調子悪いなぁと思えば、薬局ないし、最近ではコンビニでも買えてしまうあのクスリである。では後者のクスリとはなんであろうか。恐らくこちらはドラッグと英訳して読んだり、あるいは薬と書いてヤクなどと読ませた方が分かりやすい。いわゆる、麻薬である。
 僕の音楽の趣味は若干ロックに偏っているところがあるのだが、ロックという言葉ができてまだ間もない頃、ロックにはドラッグ&セックスという言葉がつきものであった。サイケデリックロックというのはロックのジャンルの一つとしても数えられ、その発祥はかのビートルズ。その名の通り麻薬の使用感や現れた幻覚をそのままロックのリズムに乗っけるというトンでもないものであった。このように、ロックミュージックとドラッグには切っても切れぬ縁があるのである。そうなってくると僕としてもやはりドラッグやってみてえなぁ。という思いが万感の意をこめてふつふつと沸き上がってきてしまうのである。
 しかし、ご存じの通り日本は薬物の使用を法律で固く禁じている。オランダやポルトガルアメリカの一部の州等、薬物使用に寛容な国も増えてはいるものの、反対に日本では年々規制が厳しくなっているというのが現状である。僕は思うのだが、その規制の根底にあるのは、日本のカルト的なまでのドラッグダメゼッタイ教育である。ドラッグにおけるメリットを全く持ってあげ連ねることなく、一度吸えば人生終了。もう二度と戻ることの出来ない地獄が云々。厚生施設で涙ながらに語る少年AないしBとかの姿を視聴覚室のスクリーンで脅しのように延々と見せられた記憶がある。その当時から僕はこの教育の仕方に対してなんとなくの疑問というか違和感のようなものを持っていたのだが、つい最近その違和感の正体をずばり言い切ってくれる言葉に出会った。曰く、「麻薬常用者に対する最大の処罰は、常用者本人の健康の損害に留めるべきであって、それ以上のものであってはならない」。これは元アメリカ大統領、ジミー・カーターの言葉である。つまるせところ薬物を使った本人がどうなろうと、外野があーだこーだ言う資格はねえんだから好きにさとけ。ってことである。いやはや全く持ってその通りである。この言葉に背中を押された僕はさっそく闇ルートを辿って薬物を……って流石に僕とて犯罪の現場にまで見る前に飛ぼうとは思わないし、その様子をブログにあげるほど馬鹿ではない。もう少し簡単に、法に触れない程度に薬物というものとお付き合いしてみたいのである。
 日本において違法とされる薬物の数は年々増えているというのはさっき書いた通りだが、意外なことにその薬物はその辺のドラッグストアで買うことができる。コンタックST。こいつは全国に流通している普通の咳止め薬であり、さっき調べたところアマゾンで購入することができる。にもかかわらず、噂によるとこいつを過剰摂取することによりPTSDを服用したときのような幻覚症状を見ることができるのだそうだ。若干眉唾な気もするのだがプライムお急ぎ便で手軽にドラッグ入門ができてしまうとあっては僕としては飛ばざるを得ない。そう思い立ってこいつを購入、服用してみたのが半年くらい前のことである。なんでそんなネタとしておいしそうなイベントを記事にせず今まで放置し、今さら引っ張り出してきたかというと、ずばりうまいこといかなかったからである。
 カプセル錠のそいつを六錠一気に飲み下して約二、三時間ほどすると猛烈な頭痛、目まい、吐き気に襲われる。それに耐えに耐えること数時間。諸症状が収まった後には夢と幻覚のファンタジーワールドフォーユーってな寸法だったのだが、僕の場合飲んでからの数時間の記憶がすっぽり無くなってしまった。夕方頃に飲んで、気づけば翌朝普通にベッドで目を覚ましたのである。全くもってどういう理屈でそうなったのか分からないし、記憶が抜け落ちている間に何があったのか全く思い出せない。この薬、実は一箱十二錠入りなのだが、残り半分は怖くてまだ使えずに自宅の引き出しに入れたままになっている。もしいつか、気が向いたらリベンジしようかな、なんてことを考えていたりもする。