片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

(しりとりエッセイそのいち)ヌンチャク

 突然だが読者諸兄はヌンチャクを見たことがあるだろうか。恐らくは大半がブルース・リーが上半身裸で奇声をあげながら振り回しているのを見たことがあるだろうし、それで見たことがなかろうと、何となく30センチないし20センチ程の棒二本を鎖で繋いだあの形状を思い浮かべることができるだろう。しかしそれを実際に振ったことがあるかと問われれば、これは案外少数派なのではなかろうか。そもそもあのブルース・リーのヌンチャク捌きが日本に衝撃を与えた「燃えよドラゴン」の日本での公開は1973年。今から45年も前のことである。今となってはその当時の世相を知る由もないが、公開当初ないしそれから数年くらいはヌンチャクをぶんぶん振り回す子供というのが大量発生したのではないだろうか。恐らくそのヌンチャクのバリエーションというのも様々だっただろう。比較的裕福な家庭の子はデパートなりおもちゃ屋さんで買ってもらったプラスチック製のやつ、もっと本格的にのめりこんだものは通販で本場中国から木製なり鉄製のやつを取り寄せ、そんで金の無い家の子は段ボールを紐で繋げたやつを。ホワッチャフウハタァホワッチャアとぶん回していたに違いない。かくいう僕も高一くらいのときに段ボールと紐でヌンチャクを作ったことがある。そんな年にもなってブルース・リーに影響を受け、あまつさえ手作りヌンチャク。もしや筆者はバカ&貧乏なのかという邪推は残念ながら外れである。僕が影響を受けたのはブルース・リーではなくかの大槻ケンヂ御大であり、手作りしたのは、僕がヌンチャクを振ってみたいという衝動が、アマゾンで買った「練習用スポーツヌンチャク」の配送予定日より先に爆発してしまったからである。まあバカであることは否めない。
 三角柱の形に折り畳んだ段ボールに、いらなくなった乾電池を数個、重しの為にガムテープで張り付ける。二個作ったそれを、太めの紐とガムテープで繋げ合わせる。多少耐久力に難があれど、まあお遊びで振る分には十分だろう。しかしこうしてみるとなんとも単純な作りである。などと思いながら、できたそいつを横一文字に構え、足は肩幅ほどに開く。机に置いたスマホyoutubeを開いており、筋肉少女帯の「ゾロ目」のMVが爆音で流れている。画面に映る大槻ケンヂのその動きに合わせて、僕はぶんぶんとヌンチャクを振り回し始めたのである。
 そういえば大槻ケンヂの年齢は52。ということは「燃えよドラゴン」直撃世代のはずである。彼もまた幼少期にリーの姿を見て段ボールで作ったヌンチャクをぶん回したりしていたのかもしれない。そしてそのリーの影響を受けた世代に影響を受けてヌンチャクを振っている僕、というのはなんだかおかしな構図である。しかし僕は段ボールヌンチャクを振りながら、なんというか、上の世代から回ってきたバトンのようなものを受け取ったような、点と点が綺麗に線で結ばれたような、奇妙な感覚を覚えたのである。
 日々目まぐるしく変わっていく世の中。人は皆変化を望み、それができない者は馬鹿とまで言われる始末。されどその中に変わらないものというのも確かにあって、僕はこの時、自室の和室六畳間でそれを受け取ったのである。
 言われてみればこのヌンチャクというのは、バトン二つを繋ぎ合わせた形状に見えなくもない。上の世代から鎖で繋がってきたこのバトンを巡り巡って僕が受け取り、そしてそれを見た誰かが僕からバトンを受け取る。こうしていくことによって世界は結ばれているのではあるまいか。と僕は一人段ボールヌンチャクを降りながら思ったのだ。そう、このバトンを誰かに……ってあれ?
 次の世代へ繋ぐべきバトンの片一方は、いつの間にやら遠心力に耐えかね、僕の腕を離れて障子窓を見事に突き破っていた。