片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

中学生の終わり、僕らはバカだった。

 中学生から高校生にかけて、僕は校則というものをあまり破らず極めて平凡な優等生で過ごしていた。しかし、僕は一度だけ思いっ切り校則を破ったことがある。というか今考えれば補導寸前だったなぁ。あれは。もう時効だと思うのでその時のことをちょっと書きたいと思う。


 中学3年生の秋、その噂は文化祭に向けて沸き立つ生徒達の、作業中のお喋りでもって瞬く間に広まった。夜中の2時、校庭から3階にある美術室の窓を覗くと、人影が映っている。そしてそれはよく見ると首吊り自殺をしている女性の霊だった……。まあよくある都市伝説とかそんな類のものである。流石に中学生といえど3年生にもなるとそういう類のものを本気で信じている奴というのもあまりおらず、僕含め冗談半分で面白がって話しているような状態だった。映画やカラオケに行きたければ電車で一時間も揺られなければならない片田舎のこと。僕らはとかく娯楽に飢えていたのだ。


 そしてその面白半分で話していた都市伝説を完全なる娯楽に昇華させたのは僕と同じクラスの友人、Yの鶴の一声であった。


「じゃあさ、皆で確かめいかね?」


  Yはクラスでも人気があり、いわゆるスクールカーストのトップランカーだった。そいつが帰りの会終了後にざわつく教室で放った一言に、僕含め4、5人の胸が高鳴った。深夜に家を抜け出して学校に集まる。それはこの何もない片田舎におけるどんな娯楽よりも甘く甘美な、それでいて何よりも刺激的なもののように思えたのだ。結局それに賛同したのは僕とY、それからA、B、C、Dのいつもつるんでいる4人だった。幽霊が出るという噂は2時だったので、その30分前の1時半、僕らのいつもの集合場所であるスーパーマーケットの駐車場で落ち合うことになった。


 僕は家に帰ると高鳴る胸をなんとか押さえつけて眠りについた。両親にはちょっと熱っぽいから絶対に起こさないでくれと言っておいた。まるで遠足の前日に眠れなくなる小学生のように、興奮で全く寝られなかったのを覚えている。当たり前だ。ただの遠足ならばいざ知らず、夜中に、校則を破って、幽霊を見に行く。中学生にとってこれほど大きなイベントが他にあろうか。


 枕元に置いたipodtouchの目覚まし時計が鳴ったのは深夜一時だった。結局全然寝られなかった。だというに、体は完全に覚醒しきっていた。僕は小学校から愛用のリュックッサクに懐中電灯、コーヒーを入れた水筒、ipodtouch、モバイルバッテリー、それから上着を何着か入れ、家の裏口へ抜き足差し足赴いた。不用心にも家の裏口は常時鍵が開いているのだ。そこからひょっこり顔を出して外を覗くと、深い深い夜の闇と、その中にぽつんぽつんと佇む街頭。秋の夜の臭いがすーっと鼻に抜けていくのが分かった。敷居を跨いで外へ一歩踏み出すと、収まりかけていた胸の高鳴りがまたもやわき起こるのを感じた。僕は堪らなくなってスーパーの方向へと走り出した。早く誰かとこの興奮を分かち合いたい、と思った。


 集合場所へは僕が一番乗りだった。着いてすぐに、比較的裕福な家庭のAがやってきた。


「なにニヤケてんの」


 着いて早々、僕の顔を指さして笑った。そういうAもニヤケていた。そのことを指摘すると二人で大笑いした。

 集合時間5分前くらいにBとC、少し過ぎたあたりでDとYがやってきた。


「ほら、やっぱり皆ニヤケてるよ」


 誰かが来る度に僕はそう言った。高校受験も控えたこの時期に突如沸き起こったこのビックイベントに、皆興奮を隠しきれないようだった。


「じゃ、そろそろ行きますか」


  誰からともなくそんな声があがると、僕らは一路中学校へと歩きだした。月の綺麗な夜で、僕はその時オリオン座というものを初めてはっきりと認識した。


  中学校へたどり着いたのは丁度2時位だった。ほぼほぼ当初の目的を忘れかけていたが、僕らは2時ぴったりに美術室の窓を見なければならないのである。慌てて3階の端っこを見てみた。


「よく見えねえなぁ」


  と僕が言うと、


「ちょっと待って」


 とAが言い、持ってきたリュックサックを開けると、映画の撮影かなんかで使われるような手持ちのどでかい照明を取り出した。一体何に使うつもりで買ったんだか。


「バカッ」


 という音を立てて照明のスイッチを入れると、美術室の中の様子まではっきり確認できた。よく見ると窓際に石膏でできたデッサン用の胸像が置いてあった。


「もしかしてあれを人と見間違えたってことじゃないの」


  と探偵面したYが言った。


「あー」


 その場の全員が納得した。かくして、かつて我が母校を席巻した都市伝説に終止符が打たれた訳なのだが、この深夜の怪しい探検隊の活動はそれで終わることはなかった。いや、できなかった。だってまだ1時間そこらしか活動できていないのだ。全員が全員、「もうちょっとなんかこう……あるだろう!」みたいなやりきれなさに苛まれていた。このままのこのこ家に帰りたくはなかった。


「この後……どうする?」


 僕は誰にともなくその場の空気を代弁して言葉にした。全員がうーむと考え込んだ。そこで口火を切ったのはお調子者のCだった。


「じゃさ、今からJ寺行かね?」


  J寺というのは今いる学校から一度スーパーまで戻って、そこからまた学校とは逆方向に同じ位の距離を歩いた所にある、小高い山にそびえ立つ寺である。J寺を有す山の標高は270メートル。中腹の160メートル付近に本堂があり、そこまでは車で行けるようコンクリートで整備されているが、そこから頂上まではハイキングコースとなっており、お年寄りの方が健康の為によく登っていたりする。頂上には高さ5、6メートルの屋根とベンチを設えた物見台のようなものがあり、そこから僕らの住む町を一望することができるのだ。


「いいね、行こうよ。そこで朝日見ようよ」


 Yが賛同すると全員があれよあれよと賛成した。この興奮に見合った場所はそこしかないと僕も思った。

 

 学校を後にした僕達怪しい探検隊は、J寺の本堂までやってきた。ここまではコンクリートの平坦な道で、街頭もあれば自販機もあった。しかしここからはある程度整備されているとはいえ急斜面の山道。夜の闇の中、子供だけで進むのはやはり不安である。しかし、その不安を消し飛ばしたのは先ほども登場したAの撮影用照明である。これを持ったAが一番後ろから道を照らし、先頭は比較的大きくて明るいランタンを持ってきたYが先導していく形になった。

 

 本堂脇に設えられた小さな階段をYが一歩踏み出すと、後方から「バカッ」という音を立ててAの照明が灯った。見える見える。先ほども思ったがこのAが持ってきた照明の威力は凄まじく、一瞬、夜であることを忘れてしまう程の明るさであった。(後記、記憶を頼りにアマゾンで探したらそれっぽいのが見つかった。恐らくこれの古いバージョンの物だと思う。ステマじゃないけど)
https://www.amazon.co.jp/dp/B06ZZ5LDPG/ref=cm_sw_r_cp_apa_PCYoBbEFWA00F

 

 

 僕らはその暗闇の中の明るさの中で、他愛もない話しをしながら登り続けた。間近に迫った文化祭のこととか、何組のあいつは○○のことが好きらしいとか、嫌いな先生の悪口とか。僕らはことあるごとに腹がよじれるほどに笑い、ありえないほど興奮し、またある時は涙が滲む程同情した。

 

 この夜がいつまでも明けなければいい、笑いながら僕はそんなことを思っていた。僕らの中学校は冬の迫るこの時期に文化祭をやって、それが終わったら受験モードへガラッと切り替わる。今日という日が終わって数週間後の文化祭が終われば、こんな下らないことやってる暇なんかなくなる。そして受験が終わればあっと言う間に別れの時がやってくる。偶然にも今日この場に集ったのは小学校時代から遊んでいた奴らだった。僕らは九年間ずっと一緒にいた仲間と別々の道を歩もうとしている。皆、そのことを分かっていながらあえて口に出すことを避けているようだった。だから僕も口に出さなかった。今日この日を、この夜を僕達は汚したくなかったのだ。

 

 何度腹を抱えて笑っただろうか。気づくと部活引退後に鈍った僕の足は棒のようになっていた。皆も疲れたのか段々と口数が減ってきた頃、先頭のYが

 

「あ、着いた」

 

 と、ぽつりと呟いた。

 

「え?」

 

 と言いながら僕は顔をあげた。見るとそこは頂上で、一面開けた場所になっており、てっぺんの真ん中の位置から若干街の方へずれたところに木製の物見台が立っていた。

 

「着いたーーーー!!!!!」

 

 お調子者の野球部だったCはまだ体力が残っているのか、我先にと物見台へ駆け寄った。同じく野球部でキャッチャーをやっていた、ガタイは良いのに物静かなDが珍しく、

 

「いええええええええい!!!!」

 

 と叫びながらCに続いた。残りはヘトヘトになりながらヨロヨロと、のっそりのっそり物見台へ歩いていった。物見台のほんの数メートルの階段がやけに長かったのを覚えている。その間、先に登ったCとDは「はやくはやく!」「はよ来てみ、凄いぜ!」と僕ら4人を囃し立てた。その声に導かれながらなんとか物見台のてっぺんにたどり着いた僕は、ものの数秒で言葉を失った。そこから見える夜景があまりにも美しかったからだ。辺りを包む闇の中にぽつりぽつりと打たれた白やオレンジの光が網みたいに複雑に入り乱れ、真ん中に通る大きな国道には、赤い光が列をなして一定の早さでうごめいていた。

 

 僕はこの時、持っていたipodtouchでその夜景を収めたのだが、そのデータはない。数日後に消去したからである。何故って液晶に映ったその景色が、記憶のものよりもずっと陳腐で劣悪なものに見えたからだ。恐らくそれの意味するところは、あの時見た景色が、特異なシチュエーションによって数段美化された、いわば幻影のようなものだったということだろう。しかしそれが嘘かと言われればそれは違う。僕の記憶の中においてあの時の幻影は本物なのだ。


 確か中島らもが言っていた。

”どんな人間でも必ず生きていてよかったと思える夜がくる。一度でもそういうことがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。”

 

 僕にとってのその夜というのはこの日のことで、あの時に見た幻影は、今でも僕の記憶の中で額縁に入れてしまってある。辛い時やちょっと嫌なことがあった時にこいつを眺めると、何故だか不思議と元気が出るのだ。

 

 結局あの後、あの物見台で朝を迎えることはできなかった。急な土砂降りにあったのだ。物見台事態は屋根があるので無事だが、帰り道のことが急に不安になってきた。このまま雨が止まず、ぬかるむ道を下山することになったら?夜が明けても家に帰られず、親に通報されたりでもしたら?そんな現実的な疑念が急に頭によぎった。思えばこの時点で僕らの夜は終わっていたのだと思う。結局、雨が止んだ一瞬の隙をついて僕らは山を駆け降りた。焦っていたというのもあったが、その間は皆、ほぼ無言だった。

 

 本堂まで下って久しぶりのコンクリートを踏みしめると、帰ってきてしまったんだな、という実感が湧いたのと同時にどっと眠気が押し寄せた。明日、というか今日は休日だったが一日眠りこけることになるだろう。

 

「またさ、登ろうよ。今度こそ朝日見ようぜ」

 

 別れ際、スーパーの駐車場でなんとなく帰りたくない雰囲気の皆に向かって僕は言った。「うん、そうだな」、「またやろう」。皆そう言って頷いてくれた。結論を先に言ってしまうが、その後ついぞ二回目が叶うことはなかった。

 

「じゃ、また」

 

 と言ったのは誰からだったか。僕らは朝日が昇ってきつつある片田舎のあぜ道を、別々の方向に向かって歩きだしたのだった。