片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

蜘蛛の糸を探して

 大槻ケンヂのようになりたいと考えた時、人は一体何をすべきか。彼はロックバンド「筋肉少女帯」のボーカルとして世に出た。そうだ、ロックだ。ギターだベースだドラムだ!と考えた僕は、そこでふと行き詰まった。「バンドやろうにも仲間がいない問題」である。中学の時音楽に興味のある友達はいなかったし、今のクラスにはそもそも友達がいない。音楽をやろうとしてもいいとこアコギ一本担いでフォーク少年になるくらいしか道がなかったが、よく考えれば僕にーはギターぁがーないー。今思えばそれでも僕はやるべきだったのだと思う。しかし、あの頃の僕にはそんな根性はなかった。では次点で何をすべきか。彼はボーカリストとしてだけでなく多数の著書があり、それで賞も取っている。そうだ、物書きだ。詩だ小説だエッセイだ!と考えた僕は、そこでふと行き詰まる……ことはなかった。これに関して僕は並々ならぬ自信があった。なぜなら文章を書くのに仲間はいらないし、ギターもいらない。高校入学と同時に買ってもらったパソコンという名のネトゲプレイ機があったので、こいつで買って以来一度も開いたことのなかったワードを開けばそれだけで準備完了だ。それに、書く内容についても僕は自信があった。今までの鬱屈した高校生活、引いては、だらしのないとしかいいようのないこれまでの人生。その不甲斐なさを、やるせなさを、憤りを、文章の中に閉じこめることができたならば、きっと面白いものが書ける。そう思ったのだ。
 そして僕は小説を書き始めた。青春をこじらせた主人公の男が、同じく青春をこじらせた少女と出会い、自分の中の足りないなにかを探し出すというストーリーだ。小説の構想を膨らませながら僕は、ああ、きっとこれこそが僕の成すべきことだったのだ。と思った。今までの悲惨でみじめな鬱屈人生は、全てこれを書くための布石にすぎなかったのだ、と。
 最終的な進路決定にはまだ幾ばくかの時間があった。それまでになんとかこの小説を書き上げ、ネットに上げる。そして人気が出てしまうのはまあ当然の成り行きだろう。そうしたら高校在学中に作家デビューしちゃうのもまあ仕方があるまい。そして二者面談の時に担任の教師に淡々と言ってやるのだ。
「あ、僕小説家になりますんで」
 面食らう担任の目と口の開き加減まで想像できた。僕は若干ニヤニヤしながらパソコンに向かって小説のタイトルを書きだした。

 

「こんなつまらない日常なんて」