片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

サーチライトは月の光と共に

 前回までのあらすじ

 勉強が全然できない癖に自意識だけが過剰に膨張していく中三の僕こと田中モンスターは、なんとかギリチョンで地元の工業高校に合格する。さぞかし自分と似たような地味で暗いやつがいるのだろうと鷹をくくる僕だったが、そこは工業高校とは名ばかりのパーティーピーポーチェケラッチョイエイな高校であった。友達を作ることを諦めた僕は孤高の存在になるべくまさに孤軍奮闘し、クラスの中でなんとかそれっぽい位置に収まることができたのだった。

 

 さて、ここからいよいよ後半戦に突入するわけだが、先に言っておこう。ここに書かれていることは全て実話だ。ノンフィクションだ。事実は小説より奇なりと言うように、最後はクラスの皆と仲良く笑顔でハッピーエンドなんて予定調和なラストには死んでもならない。それだけはご承知置き願いたい。

 かくしてクラス内ヒエラルキーから見事なまでのドロップアウトを決めた僕だったが、いつまで経っても周りの人間関係が変わるでもなく、また、僕自身の考えが変わることもなかった。そしてそのまま時の流れにボケーっと身を任せること約二年。気づけば僕は三年生だった。その年の夏には部活動も終わり、いよいよ将来のことについて考えねばならない時分がやってきたのだった。

 僕は焦っていた。そんなこと今まで何も考えてこなかったからだ。確かに今まで進路調査表みたいなものは何枚か書いた記憶がある。しかし記憶があるというだけで、適当に書いた自分の将来のことなんて一ミリも覚えていなかった。

 都会の進学校とかだとあまり想像できないかもしれないが、この高校は卒業した後すぐに働くという人が半数以上を占める。僕のクラスも進学組と就職組で大方二分されたようだった。そしてその大方に含まれないやつ。うだうだと将来をどうするのか考えあぐねる僕のようなやつが未だ数人程いた。自分があと一年もしないうちに社会に出て働くなんて想像もできなかったし、かといって進学できるほどの学力も持ち合わせていない。だったらせめて勉強くらいしろよってなもんだが、そんなやる気も起きない。自分がどうすればいいのか、何をしたいのか、分からなかった。


 じゃあ自分のやりたいことを探そう、と僕は考えた。その頃僕は大槻ケンヂにはまっていた。筋肉少女帯の楽曲は勿論、彼の書く文章や詩がとにかく好きだった。その頃聞いた筋肉少女帯の大名曲、「サーチライト」という曲に僕はかなり衝撃をうけた。この頃の僕の生き方を決定づけたといっても過言ではない。

 その一節をちょっと引用する。

 

 俺はポッケのない猫型のロボットで

 何もできんのだけど

 歌うことと、物を書くことだけはできるのさ

 俺の歌とペンがサーチライトになるんだ

 俺みたいになるなよ お前は

 考えてやるのさ

 俺みたいになるなよ

 俺みたいになるなよ

 俺みたいにはなるなよ

 俺みたいにはなるなよ


 お前の前に細い

 しかし、しっかりとした道がある

 俺が照らしてやるからお前が行け

 サーチライトは月の光と共に

 タイトロープを照らす!

 もしも、お前が落ちてくたばったって

 ずっと照らし続けてやるよ

 

 サーチライト 【筋肉少女帯】 - YouTube

 

 一節と言いながらがっつり引用してしまったが、この曲に僕は深く感銘を受けたのだ。ああ、これは俺のことを歌ってるのだ。と思った。彼いうところの「細い、しかし、しっかりとした道」とはまさしく僕の前にある進学か就職かの道。すなわち普通の人間への道だ。彼のようにテレビやラジオにばんばん出て、歌うことを生涯の生業にするということは誰でも一度は夢にするくせに、その戸口はあまりにも狭い。彼は恐らくこの曲を聞く多くの人に向けて、そんな狭い道を目指すな。君は普通の道を行け。と言っているのではないか。と、歌詞を見ただけではそんな印象を抱くだろう。しかし、この詩で彼は、「俺みたいになるな」と四回も繰り返し念を押している。最後に至っては文字じゃ表現しづらいが、「俺みたいには、ぬぁるなよおぉぉぉぉ……」ってな感じでまさに念が籠もっているようである。ではこの「念」。彼がこの一言に込めた念とはなんだろうか。額面通り俺みたいになってはいけないと、本当にそう言っているのだろうか。いや、きっと違う。というか部分的に違うと言った方が正しいか。確かにロックバンドの歌手として、タレントとして、作家として成功を納めた彼に憧れを抱く人は相当いるだろう。しかし、その誰もが同じように成功できる訳はない。「自分が今こうして食っていけてるのは本当に運がよかったんだと思う」と、何かのインタビューで彼は答えていた。だから俺の道は目指すべきではない、と。しかし、その反面で自分のように表現で生きていくものたちが増えるのをどこか期待しているのだと僕は思う。だからこそああやって何度も念入りに繰り返し、最後には念を籠めて、どこかわざとらしい感じで「俺みたいには、ぬぁるなよおぉぉぉぉ……」と言ったのだ。

 

 その頃から僕は、彼のように生きる道はないのだろうか、とそう思い始めた。