片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

孤島の鬼

 あの頃の僕の立場を説明するのは非常に難しい。ただの嫌われ者、はみ出し者のボッチとかならばさほど説明はいらないのだが、あの時の僕には説明するのも面倒なしがらみやら繋がりやらが山ほどあった。それを説明するため今は亡き僕のTwitterアカウントのことを説明せねばなるまい。僕がTwitterアカウントを作ったのは確か中三の春休み、あの高校へ入学する直前だったと思う。最初の頃は普通に中学の友人達と絡んだり日常の何気ない一幕を呟いたりと結構普通のアカウントだった。いつの頃からだろうか。ボッチネタを呟きだしたのは。
 あの頃、ちょうど「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」通称「俺ガイル」が「このラノベがすごい」で一度目の年間王者になった時だった(この後結局三年連続王者になり、史上初の殿堂入り扱いとなった)。ストーリーを知らない人に説明すると、孤高で孤独な高二の少年、比企谷八幡が無理矢理奉仕部に入れられ、そこで出会った雪ノ下雪乃由比ヶ浜由衣らと共に校内の問題解決にあたっていく、という感じ。
 この主人公の比企谷八幡がまあかっこいいのである。自分がボッチであることを誇りとし、様々な困難にボッチならではの視点で斜め下の解決方法を編み出す。その今までになかったダークヒーローの姿に僕は惚れたといっても過言ではない。ホモかよ。まあとにかくその頃僕ら世代でボッチイコール学内ヒエラルキー底辺という、いつの時代でも動き難かった図式に少しずつ変化が生まれはじめていたのだ。仲間や友人とつるまず、一人で悠々と学校生活をエンジョイする。そんな生き方が比企谷八幡によって肯定されてきつつあったのだ。しかしこの生き方はただただボッチになりゃいいってもんでもない。何故ならこの学校でヒエラルキーの底辺になるということは、即ちいじめの対象になることを意味するからだ。それを回避する為に必要なのは、ボッチでありながらヒエラルキーの上層にいること、あるいはヒエラルキーから抜け出すこと。つまり孤高の存在にならねばならないのだ。ではその為に何をするべきか。一番手っ取り早いのは、というか一番分かりやすいのは成績優秀者になってテストの点数でクラス一位になることである。テストの順位と名前は毎度学年便りに掲載されて全員に渡るので、これによって僕がボッチはボッチでも孤高のボッチであることをアピールすることができるのだ。
 しかし、残念なことに僕に勉強をする気は全くといっていいほどなかった。あったらそもそもこんな高校に来ていない。別のやり方で自分の孤高をアピールしなければならないのだ。と、ここまできてやっとこさ最初の話に戻る。Twitterである。僕が考えたのは、自分のボッチをネタにしてツイートし、それをクラスの人間に届くくらいまでバズらせるというものであった。学校ではボッチ、しかしネットでは人気ツイッタラー。これを孤高と言わずしてなんといおうか。ってなことをあの頃の僕は考えていたわけだが、なんかこうやって文字に起こすととんでもなく下らない作戦に思えてくる。しかし以外なことにこの作戦はまあまあ成功した。まあまあというのは作戦の目的のうち半分は成功したということである。僕は残念ながら昔も今も人気ツイッタラーなどではない。すなわちクラスの人間に僕のボッチネタツイートを届ける、という部分だけ成功したということである。しかしそれはツイートがバズったからではない。結局のところいいとこまでいって10リツイートくらいだった。その実は僕をフォローしていた中学の友人からツイートが巡り巡って僕のクラスの人間まで届いていただけであった。しかしこれが結構効いた。実はこの時僕は知る由もなかったのだが、僕のツイートはクラス中と卓球部内にめちゃくちゃ拡散されていたらしいのである。しかしかといって友人という訳でもないのでリツイートやファボをするわけにもいかない。この電脳空間内の奇妙な睨み合いは次第にリアルにも影響を及ぼし始めた。僕がTwitterで呟き始めてから、明らかに今までの僕とクラスの人間との距離感が変わってきたのである。今まで「まああいつは暗いやつだがあっちから来るのだったら友達になってやらんことはない」ってな感じで僕に対して上から目線だったクラスの人間達は、次第に僕をいないものとして扱い始めるようになった。勿論何かしら事務的な用事があれば僕から話しかけることはあったし、誰かから話しかけられることもあった。そういった時にはちゃんと受け答えしたし、何なら愛想笑いまで着けられるようにもなった。しかし、それ以外のことで話しかけられることはなかったし、僕もまた誰にも話しかけなかった。教室で口をつぐむ分、ネット上で僕はどんどん饒舌になっていき、この奇妙な睨み合いはどんどんどんどんよく分からない方向へひん曲がっていったのだった。