片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

卓球部活動記録2

 こうして僕は卓球をすることによって祖父の笑顔と信頼を守ることができた。しかしそれだけで毎日三時間もポカスカ球を打ち続けられるかっていうとそういうわけでもない。僕が守りたかったものは他にもあった。いや、「守らなければいけないと錯覚させられていたもの」とでもいうべきものがあったのだ。正直これを言葉に置き換えるのはいささか僕の手に余るような気もするが、まあやってみよう。
 前項で、僕らは部活動を通して教育を受けていたにすぎなかった云々と書いたがこの「部活動教育」で僕に叩き込まれたのはなんだったか。時間を守り、年長者を敬い、目標に向かって諦めず努力する。これって会社で仕事をするのとそんなに変わらないのではないだろうか。例えば僕らは東北大会出場が目標だったが、これを納期やマスタープランという言い方に変えてみたらどうだろうか。
 目標(納期)に向けて顧問や先輩(上司)、仲間(同僚)と共に練習(業務)にあたる。目標(マスタープラン)達成の為なら練習時間を増やす(残業)ことを厭わずに努力(笑)する。
 ちゃっかり努力することを馬鹿にしてしまったが
それはさておき、部活動ってのはそのまんま会社で仕事をすることとほとんど変わりないのである。何故辞められないのかというのもその流れで説明することができる。
 一度でも会社勤めをした人がいるなら分かると思うが、会社ってのは一度入って何年かいると、辞めづらくなる「空気」っていうのが自然とできてくるものなのだ。ちょっと分かりづらいか。もちょっと具体的に説明しよう。
 会社(部活)に入ってしばらくすると、否が応でも自分の役割(仕事)ってものができてくる。そして否が応でもそれに伴った人間関係を構築しなきゃならないし、自分もまた誰かの人間関係の一部として構築される。そうしていくうちに、人間関係の輪はどんどん広がっていき、そしていつの間にか自分が巨大なネットワーク(社会)に絡め取られていることに気づくのだ。
 ここから抜け出すのはなかなかどうして難しい。何故なら「辞める」という考えがまず頭に浮かばないのだ。自分に関わる人間を増やすということは、すなわち自分の頭の要領を増えた人の分だけ割かねばならないということだ。ネットワークの中心にいけばいくほど自分の持つ考え、思考というものは次第に薄れていってしまうのだ。すなわち、辞めるということが考えられなくなっていく。祖父の笑顔を守るためこのネットワークの中に入っていった僕だったが、いつのまにか僕は取り返しの着かないところまで来てしまっていたのだった。