片田舎から哀をこめて

野山を駆け回る程の自然もなく、天を貫くようなビル群もない。中途半端な片田舎からお送りします

ちょっとブログのコンセプトとか

 あんまり他県の人は気にとめないのだが、山形県の形というのはよく見ると人の横顔のように見える。新潟との県境がうまいこと鼻と口を作りだし、秋田との県境は丁度頭頂部のあたり。宮城県との県境たる奥羽山脈はまるで図ったかのように後頭部からうなじにかけて連なっているのだ。
 こう例えると、山形県の市町村の場所というのはそのまま顔の部位で例えることができるのだ。

 僕の生まれ育った町があるのは丁度耳の穴のあたりである。家の近くは田舎といえどそこそこ発展したところだった。ちょっと歩けばスーパーもあるし、駅だって近い。小学校までは徒歩十五分。中学校までの距離もそれ位だった。少ないがそこそこ友達もいて両親とも健在。そんなところでぬくぬくと育った僕は今、高校を卒業して近くの工場で働いている。両親に今まで育ててくれた恩返しをするためだ。周りの友人達は同じく耳の穴に留まったり喉元を通って東京へ行ったり、あるいは後頭部にひっついたモヒカンみたいな所に行ったりした。
 そこそこに満ち足りた生活。不便でない程度には発展した町。何不自由ない筈なのに、僕はなぜかこの生活に疑問というか違和感のようなものを覚えた。耳の穴に留まり過ぎたが故に、自分が只の耳糞の一塊に成り下がったのではないかと感じる時がある。何故そう感じたのか、正直今の段階でそれをはっきりと言葉にする術を僕は持ち合わせていない。だからこそ僕は筆をとったのだ。一つ一つ、この感情を言葉に置き換えてみれば、自分という存在を一つ一つ言葉に置き換えてみれば、自ずとこの疑問の答えが見つかると思うのだ。
 もし今、僕と同じような境遇に身を置いていて、そして同じように疑問を覚えている人がいるならば、一緒に答えを探していけたらいいと思う。そんなブログだ。